悲劇なのか、喜劇なのか?

かんばんは、浩二です。

先日、ある友人との話の中で、
皆の前で上司から叱責を受けた事で、とても自尊心を傷つけられたという会話がありました。

私も似たような経験があり、以前に老子の勉強会に参加した時、
皆の前でアナタのこういう所を直した方が良いとのアドバイスを受けた際、
冷静を装ってはいましたが、実は心の中で憤慨したことがありました。

勉強会だったため、その様子をビデオに撮影してくれていた方がたまたまいて、
後で冷静になって見返すと、講師の方も言葉を選んで慎重に話をしてくれているのに、
私の記憶の中では、恥を欠かされたという気持ちが強かったのか、何か凄く嫌な記憶として残っていました。

勉強会から1週間経って、冷静になった後の当時の私のメモが残っており、そこには「これは悲劇のようで、喜劇かもしれない」と書かれていました。

ちなみに、当時のアドバイスを簡単に要約すると「自分を否定しないで、受容してあげてください。あなたはあなたのままで素晴らしい」というメッセージでした。

さて、なぜこんな素晴らしいメッセージを、本人は悲劇として捉えたのでしょうか?
そこが人間の不思議なところかもしれませんね。

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